授業料免除は本当に納付困難者に適応されているか

授業料の免除

経済的理由により、授業料を納付することが困難であると認められ、かつ、学業成績が優秀であると認められる者、その他やむを得ない事情があると認められる者については、願い出により選考の上、授業料の全額、半額又は3分の1の額の免除が許可される制度があります。

東北大学HPより)

 

 

授業料免除について我が東北大学は上のように告知している。ここにある

授業料を納付することが困難

 について少し考察を入れたいと思う。

 

ご存知の方も多いかと思うが、私は授業料を納付することが困難でありながらこの授業料免除という制度の対象から外れている。今回は、その困難な状況に該当する者としてこの記述に関して非常に強烈な違和感を感じたのでそれを記す。

私のブログをこの記事で初めて読む方はまずこちらを読んでいただきたい。

 

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ではまず、授業料を納付することが困難とはどういう状況であろうか。

 

こん‐なん【困難】
[名・形動](スル)
1 物事をするのが非常にむずかしいこと。また、そのさま。難儀。「―に立ち向かう」「予期しない―な問題にぶつかる」
2 苦しみ悩むこと。苦労すること。
「道の上はぬかるみで―した」〈滝井・無限抱擁〉

(goo辞書より)

 

ここでは1の用法であると思われるので、この意味で考える。

この「授業料を納付することが困難な人に授業料免除を適用する」ということは「家庭に余裕がなく授業料のせいで大学に通えなくなるから、授業料の納付をなくして通えるようにしてあげよう」という制度であろう。

非常に聞こえの良い制度であり、何も不備がないように思えるが、ここに大きなパラドックスがある。

 

  • 授業料を納付することが困難な学生が大学に入学するか?

授業料を納付することが困難な学生が大学に通う余裕があるだろうか。もちろん、この授業料免除の選考は大学入学後から始まる(一部私立大学では合格発表の時点で授業料免除が確定する大学もある)。よって入学した段階では授業料免除されるかどうかが分からないという状況になっている。

「授業料収める余裕なんてないから、授業料免除されるかと思ってたけど実際されませんでした~」という学生が出る可能性は大いにある(実際に私はそうだった)。

払うことが困難な学生が授業料免除されない、つまり授業料を納付しないといけないという状況になる。これが何を意味するかは言う必要はないであろう。

もちろん、授業料免除に充てる予算は毎年違うし、応募する学生がどういう家庭環境であるかという様子も毎年違う。よって、入学の段階では、どういう家庭環境の学生であっても大学側から「君は授業料免除」と言うことが出来ないのである。

つまり、授業料の納付が困難な学生はその年の色々な要素によって決まる不確定な要素の強い授業料免除という制度を当てにして入学することになる。こんな学生が存在するだろうか……?

 

 

以上により私の判断では授業料免除該当者に「授業料納付困難な学生」はまずいないと考える。実際には「割ときついけど、がんばれば授業料くらい払える環境の学生」が多いのであろう。現状そういう人たちの負担を減らす制度になっている。これが私がこの記述を見たときに感じた非常に強烈な違和感である。(私立大学などの他の大学ではまた事情は違うであると考えられるので東北大学に限った話とさせていただく)。

 

 

T.

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毒親を想定しない制度の多さ

1、はじめに

 

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 この記事は「私が休学を決めるまで」の記事の既読を前提と書かれている。よって、その既読を前提とした文章構成となっているので、初めましての方はまず上記リンクから記事を読んでいただきたい。

 

 この「私が休学を決めるまで」の記事の公開において一番反響が多かったのは毒親の存在を想定していない日本社会の制度について言及する声であった。という私も、「毒親」という言葉の存在をこの反響によって知り、調べてほーなるほどなあと納得した。

 

 

毒親(どくおや、英:toxic parents)とは、児童虐待などで一種の毒のような影響を子供に与える親のこと。母の場合は毒母(どくはは、どくぼ)、毒ママ(どくママ)[1]と称される。また、父の場合は毒父(どくちち、どくふ)、毒パパ(どくパパ)と称される。毒母の別名として、モラ母(モラはは)[2]と称されることもある。(wikipediaより)

 

 

今回この記事を書くきっかけとなったのは北海道の男児放置事件の男児が見つかったことである。いきすぎたしつけなのか、育児放棄なのか様々な情報が飛び交っているが、ここではそれに関連して毒親が子供にどのように影響を与えるのかを知っていただきたい。

「しつけ」で7歳男児置き去り=山林へ両親、不明に-当初「はぐれた」と通報・北海道警:時事ドットコム http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052900158&g=soc

 

 私の場合、確かに親から大学進学に関して妨害を受けたが、実際のところ一番困難に直面する原因になったのは「親が子供に何もしないこと」による影響である。

 

2、親が子供に何もしないこととは?

 上記の「親が子供に何もしないこと」というのはピンと来ない人も多いかもしれない。これは文字通り、親が子供に何もしないことである。ひょっとしたら、「子供に義務教育を受けさせたり、高校を卒業させたらもう親は何もしなくても良い、甘えるな」と考える人もいるかもしれない。しかし、現在の日本社会は親が子供に協力的であり、その協力を前提としている。そこに、その前提を覆す想定外の親を持つとき、その子供が不利益を被ること、特に命の危機に関わる状況となることがありうるのでここに書き記したいと思う。



3、露呈する制度の欠陥

 まず、「親が子供に何もしないこと」により以下の二つが出来なくなる。

 

・親の所得証明ができない。

・保証人がいない。

 

また、私の通う東北大学においてはこれにより以下のことが出来なくなる。

 

・授業料免除申請

・貸付型奨学金の申請

・住居の借入

 

 授業料免除申請においては親の所得証明が必要である。これは、親が子供を扶養するだけの十分な収入があるかどうかということを判断するために必須である。よってこれが証明されない限りは、授業料免除申請の書類の必須事項を埋めることが出来なくなり、授業料免除の申請を受け取ってもらえなくなる。「親が何もしないこと」により、その所得証明を発行してもらえない。

 また、授業料免除の基準として学生の独立生計があり、その証明により授業料免除がされる大学もある。どうしてこのような基準の違う大学が存在するかというと「学部生は親の収入のみ、大学院生は本人の独立生計も認める」という文科省の方針を参考にして、大学が独自にその基準を定めているからである。東北大学以外の制度を詳しくは知らないが、他の大学に関しては、東京大学では学部の独立生計を認めず、京都大学では学部生の独立生計を認めるという話を聞いている。

ちなみに東北大学ではHPにこのような記述がされている。

経済的理由により、授業料を納付することが困難であると認められ、かつ、学業成績が優秀であると認められる者、その他やむを得ない事情があると認められる者については、願い出により選考の上、授業料の全額、半額又は3分の1の額の免除が許可される制度があります。(東北大学公式HPより)

 私はこれを見て疑いもなくその制度の該当者になれると思いこんでいたが、思わぬところに落とし穴があった。




 奨学金についてもほぼ同様である。奨学金は基本的に日本学生支援機構に頼ることになるが、大学から日本学生支援機構に書類を送るため、その書類の不備があった場合はその申請ができない。これは、大学側の配慮や制度でどうこうなる問題ではなく、この三つの問題のうち、一番解決が困難である。また、奨学金を借りるということは当然、保証人の問題が出てきて保証人がいないとその借り入れができない。機関保障という制度があるが、それには身元保証人という別の保証人も必要である。身元保証人は基本的に両親ということになっており、直接ある機関保障会社に話を聞きに行ったときは「両親以外の身元保証人ではよく申請落ちすることがある」という話をされた。大学以外の機関を2つ介すことになり「親が子供に何もしない」ことにより、その実現は困難を極めることになることが分かった。



 住居の借入の問題は非常に深刻である。住居がないと生活の質が大幅に落ち、人間的な生活が出来なくなる。私はこの2年間で3回ほど「このまま死ぬかもしれない」と思った。ご存知の方が多いと思うが、住居の借入には連帯保証人が必要である。「親が子供に何もしない」とこの項目が達成できない。機関保障制度も上記に書いた通り両親以外では落ちることが多いのに、収入がアルバイトのみの大学生が親族以外を身元保証人とするとなればさらに困難なものとなる。大学の学生寮への入寮の申請も部屋を借りることになるため、当然連帯保証人が必要である。また、入寮の審査は授業料免除と同様に親の所得証明が必要である。「親が子供に何もしない」ことによりこれらも申請が困難となった。

 しかし、学生寮は大学が運営している設備ということもあり、大学の配慮により5月より入寮の許可がおり、私の大学生活において、住居なしの生活は1年生の4月のみであった。



4、授業料免除と貸付型奨学金がないとどうなるの?

 端的にいえばお金がたくさんかかる。具体的にいえば、一年あたり、授業料56万、家賃20万(寮費)に他の費用が多くかかる。保険料や教科書代、食費、生活雑貨費など……。東北大学HPによると、大学生がひと月に使う金額は約10万円とのこと。これは学費を除いた金額である。貧乏な学生はこれより節約して生活するため一概に比較するとはできないが、これを大学に通いながら稼ぐのは非常に困難である。これに関しては「私が休学を決めるまで」に詳細に書いてある。



5、まとめ

 大学の制度が親がないと何もできない状態であるということを知らないまま入学した私が悪いと言われればそれまでであるが、社会や大学がこれほど良心的な親を前提としている、その親がいないと命の危機すらあるということを知らなかった。北海道男児放置の問題で「保護された男児はすぐに親元に戻る」ということを嘆く方が多かった。これも良心的な親を前提としている、また毒親を想定していない社会の制度の在り方を示すものであり、私はその報道を見てとても他人事とは思えなくて自分の経験をこのように文章にした。制度を変えてくれとまでは言わないが、制度の前提を満たすことが出来ず、あぶれてしまっている人間がいるということも知ってほしい。

 

 

文責:T.

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受験中の趣味はどう扱うべきか

0、この記事を読む前に

 

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 この記事は上記「私が休学を決めるまで」に寄せられたコメントの中で多かった受験について私なりの考察を加えるものであり、その既読を前提としている。上の記事を読んでない方はそれを読んだ上でこの記事を読んでいただきたい。

 

 

 

 

 

 

1、はじめに

 受験勉強中において趣味をどう扱うかということは非常に重要かつ難しいテーマであり、色々な受験生が苦労をし、様々な議論が飛び交っている。特に、根拠がないものや、過程の飛躍があるものが散見されるのでここで私の経験をもとに一つの解を提示したい。



2、大学受験に蔓延る通説

 ここでは、私は私の経験上の話しかできないので、趣味を音ゲーツイッターを想定している。「ツイッターしてるような受験生は論外」などといった論が度々見られ、炎上なりたくさんのふぁぼをもらうなりしている。つまり、「大学受験において趣味は封印するべき」といった論がよくあるということであるが、私はこれに異を唱えたい。これには正しい部分と誤っている部分があり、特に「趣味を封印すること自体が目的」となって大学受験の目的を喪失している人も少なくない。ここでは受験においての目的を明確にすることで、その中での趣味の扱いについて一考していただきたい。



3、そもそも目的は何か

 大学受験という精神的に厳しい状態で長い年月を過ごす時期において、視野が狭くなりがちである。しっかり地に足をつけてこの問題を考えてみたいと思う。大学受験の目的は大学受験で合格を勝ち取るところにあり、すなわち、大学入試で良い点数をとることである。大学入試で良い点数を取るためにはなにが大事か、運という要素を除けばそれは以下の三つである。

 

・学力

・メンタル

・体調

 

これらがどれほどの割合で入試の点数に影響するかというのは人(その人の耐性)に依る。例えば、試験本番での体調が多少悪かったとしても悪い体調に対しての耐性が強い人間と弱い人間では、実際の入試の点数は上下するだろう、ということである。また、これは試験本番以外でも強い人と弱い人では普段の勉強の効率が違ってくる。



4、学力以外の要素と趣味との関係

 体調管理が上手な人は日ごろの勉強が捗るであるだろうし、そのために趣味を利用するというのは大いにありだ。例えば、私の話であるが、音ゲーで体を動かした後は決まって体調が良かった。また、適度な疲労感を感じることで、睡眠の効率も上昇したように思えた。

 また、この学力以外の要素は勉学以外でのみに依るというのも誤りである。実際、勉学に励むという事実だけでメンタルが強くなり自信がつくということも多い。実際私はその傾向が強く、勉強すればするほど体調もメンタルも向上していった。ただ、適度な趣味がこれら二つの要素によく働くことが多いのは言うまでもないだろう。もちろん、適度な範囲内である。ここに関しては特に異論のある人は少なさそうで、問題は次だと思われる。



5、学力と趣味との関係

 一般に学力は「勉強効率×勉強時間」で伸びると私は考えているのでこれに即して考えていく。趣味を削って勉強時間に充てれば、勉強時間が伸びるのは自明である。

 

ただ、勉強時間が増えれば万々歳かと言えばそうではないのである。

 

「11時間勉強のみする人と、10時間勉強をし1時間趣味に費やす人はどちらが学力が伸びるであろうか」

 

 結論からいうと、どちらが良いか判断を付けるのが難しい。なぜなら、勉強のみの生活をしていてもコストパフォーマンスが全く落ちない人間もいるが、その生活では極端にコストパフォーマンスが落ちる人間もいる。つまり人に依る。また、それは趣味の質にもよる。その10時間の勉強の効率を十分に上げうる趣味とそうでない趣味がある。私の場合は、音ゲーツイッターは勉強の効率を上げたが、ソーシャルゲームはそうではなかった。ソーシャルゲームはスタミナの存在により、スタミナの回復に合わせて勉強の休憩を取るようになり、生活の中心が勉強からゲームになってしまったためである。また、この疑問に対して色々な意見をくれた方がいるが、その意見を見てもやはり、その人の性格や特性に依って大きく変化するため、これを一般化するのは難しく、それは実際にもおそらく不可能である。



6、結局のところは

 以上の考察を経て、この問題は一般化することが難しく、「大学受験において趣味は封印するべき」が正しいかどうかは人に依るということが分かった。「これだけ考察して結局人に依るとか考察の意味ないじゃん」と思う方もいるかもしれないが、この結論である「人に依る」というのは非常に重要である。

 この問題は一般化する必要が全くないのである。自分の性格や個性を考察、解析し、趣味の時間や質を調節していくことで、自分が一番良い形で勉強効率と勉強時間を叩き出せる方法を導き出せばよいのである。実際上記のように趣味について私は音ゲーツイッターを選んだが、他にも色々試してみて「この趣味は非効率だ」と分かりやめたものも多い。

 

 大学受験をするのは自分であり、先輩や先生、親などではない。外野からとやかく言われようとも、自分の性格や個性を理解したうえでその最適解を見つけ、それに従うのが一番良い。また、このような考察が上手にできない場合は、一般的に正解と言われる方法、つまり「趣味を封印する」という方法を取り入れるのも良いであろう。しかし、仮にそういう形をとったとしても「受験合格のためにこの手法を採っている」という認識を忘れないように、それ自体、つまり「趣味を封印すること」が目的とならないように気を付けながら受験に臨んでほしい。

 

 

文責:T.

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Amazonほしい物リストに関しては、「私が休学を決めるまで」の追記2に色々書いてあるので、そちらの参照をお願いいたします。

このブログの今後について

1、はじめに

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 この記事の公開から一週間が経った。反響は予想を遥かに超えるもので非常に驚いたとともに、その温かいコメントや支援に勇気づけられた。

 追記2:ここまでたくさんの反響があるとは思っていなかったので正直とても驚いています。また、カンパの募集はないのかという多くの声にインターネットの温かさを感じております。このような温かい応援の声が生きる糧、精神力の源になります。本当にありがとうございます。ですが、大きくカンパの募集をする予定は今のところありません。というのも、私は極限状態は脱しましたが、依然非常に厳しい学生生活を送っており、支援を頂けたとしても、それに対して十分なお返しをすることが出来ません。また、最大限その方向に努力しますが、その支援を十分な形で使えるかという自信もその責を全うできる確信もありません。私の環境は不安定であり、いつ崩れ落ちても不思議ではないからです。このような状況であることを踏まえてもなお支援していただけるということであれば https://twitter.com/T_ritama までDMでご連絡いただくか、ツイッタープロフィール上のウィッシュリストをご覧ください(ウィッシュリストを使うのが初めてで使い方がよく分からないため機能していない可能性があります、機能していなかったらお手数ですがご一報くださると助かります)

 これは記事の追記の一部であるが、この部分に対して、支援を頂いた方から以下のようなお言葉を頂いた。「支援に対するお返しをしたいのなら、ブログを続けてください。アドセンス登録すれば少しでも学費の足しになるし、私も記事が読める(要約)」

 この方の言う通り、ブログを続けてほしいというコメントをしてくれる人が多かったので、自分の出来る範囲で続けていこうと思う。(アドセンスはすぐにつけられるわけではなく時間がかかるらしい)

 

2、たくさんのコメントに対して

 頂いたコメントは全て読んだ。私のキャパを超えるコメント数に途中から返信をあきらめてしまったが、その中で私は着眼点が人によってまちまちであるということに驚いた。意図はしていなかったが、あの記事には色々な問題が表面化されており、様々な視点で見ることができるようであった。よってまず、これらの中で多かったコメントを抜粋し、それに対して記事を書いて返信を代えさせていただきたいと思う。

 

・記事公開からの出来事

・親に依存する社会制度とその穴

・宗教が人を変えるということ

・0から大学受験のために気を付けること

・大学の制度の欠陥

・極限状態での精神の保ち方

 

以上のようなことは書けそうだと考えている。また、あの記事の中では触れていない出来事があの2年間の中だけでもたくさんあるので、それについてもいつか触れられればと思う。ただ、ブログにも書いた通り、学業とアルバイトと趣味の両立をしながらになるので、いつになるかは分からないことは申し訳ないがご容赦願いたい。



3、お礼

 記事でも書いた通り、「私は周囲の方々に恵まれている」ということをこの反響によりまた実感することとなった。まず、私のブログを見ていただいた方々、コメントをくださった方々にお礼を言わなくてはならない。8000字を超える文章を13万人もの方々に見ていただいてその貴重な時間を頂いたと考えると身が引き締まる思いがする。また、右も左も分からない私に対してAmazonウィッシュリストというものの存在と使い方を教えていただいた方々、またそれを通して支援していただいた方々にも感謝ばかりである。このお礼をブログを更新するという形でお返しできれば幸いである。

 

 

 

東北大学理学部地学系2年

T.

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私が休学を決めるまで

※2018/12/24大学院進学が決まりました.詳細は以下の記事にありますのでご覧ください.

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1、はじめに

 私が休学を決めるまで、とてもたくさんの出来事、周りの協力、葛藤などがあり、そこそこに苦労を重ねたため、それを一つには自身の承認欲求のため、一つにはT.が力強く生きた証を残したいという目的からここに書き記す。小中高の話も書くと文字数が4倍くらいになるので今回は高卒後の2年間に絞って書く。

 

2、受験時代

 長期間の不登校とそれにより、偏差値35の高校に進学した私は大学受験とは無縁の生活を送っていたが、偶然良い友人に出会い大学受験を決意する。センター試験受験者が3人、分数の足し算が出来ない生徒が過半数という高校であったので、独学で血のにじむような努力をして受験した。が、足切りにかかった。後期試験は受けるつもりはなかったが、「せっかくの機会だから経験増やすためにも受けたら」と親に強く言われ、指定の国立大を受験、合格した。ここで親の態度が急変して「受かったのだから通え」と主張され、私は浪人するつもりでいたので親ともめた。当時親は新興宗教にズブズブであったので、教祖から頂いたありがたいお言葉である「頭のいい大学は犯罪者を養成するのでダメ」を繰り返し言うのみで話にならず、口論(という名の罵倒を浴びせられるのみ)をしたのち勘当されてしまった。家を追い出され、独り身となった浪人生活が始まった。

 

 浪人生活を始めてまず、よく「親元を飛び出し親に頼らず生活した」という人がいるがこういう人が実際にどれくらい本当なのだろうと思った。まず、部屋を借りることができない。部屋を借りるには連帯保証人が必要である。勘当されてしまっているので連帯保証人がいない。機関保障という制度がある(保証人を機関が代わってくれる)。しかし、この機関保障という制度を使うためには身元保証人という身内の連絡先を登録する必要があり、そこで身元の保証の連絡を入れてもらわないといけない。これも無理である。そこで運よく仲の良い友人が東京で一人暮らしをしていて、住ませてくれるとのことで転がり込んだ。もし、この友人がいなかったら道端で餓死していたと今でもよく思う。

 しかし、この生活も長くは続かず、ワンルームで二人暮らしというプライベートがない空間のせいでお互いの鬱っ気が増し、6月いっぱいで出て行こうという話になった。上記のとおり、通常の部屋は借りられなかった。しかし、不動産屋を巡っているうちに「脱法ハウス」と呼ばれる賃貸を発見した。一軒家を電話ボックス程度の箱で仕切り、その中で暮らすというものであったが、それ以外に部屋が見つからなく、このままでは冗談抜きにホームレス生活になってしまうところからその「脱法ハウス」に住むことになった。80cm*180cm*80cmという広さのこの部屋(箱)での生活は想像を絶するものがあり、同居人の半分くらいは片言の日本語しか喋れない外国人労働者であった。パスポートは持っていたのだろうか……。偏差値35の底辺高校で世の中の底辺を知ったつもりでいた自分が本当に恥ずかしくなった。

 

 浪人とまともな教育を受けられなく、独学がいかに非効率で厳しい戦いになるかを理解していたので、予備校に通うことにした。どうせ同じ金額を払うなら一番良いところで授業を受けたいということもあり、上京し、都内の有名予備校を選んだ。運よく若干の貯金があり、前期の授業料が払える額であった。どちらにしろ、アルバイトを始めないと生活ができなく、アルバイトで月10万稼ぎつつ、予備校に通う生活を始めた。この生活は思ったよりつらく、学力の足りなさを補うための猛勉強と体力仕事のアルバイトで疲弊し疲れ切った体をさらに酷使した。食事も金銭的事情でアルバイト先の賄い以外は白米を食べるだけの生活を続けた。

 

 予備校の授業を真面目にうけ、睡眠時間を4時間半、食事とバイト以外は勉強という生活を続けた結果、理系科目の成績はグングン伸び、A判定を何度も出した。夏季休暇や冬期休暇に講習を取ることはもちろんできず、ひたすらアルバイトに費やした。月18万稼いだ月もあった。金銭的なめどがついたので12月いっぱいでアルバイトをやめ、そこからはひたすら勉強に打ち込んだ。アルバイト先の人たちからも頂き物をしたり、応援され励みになった。ツイッター上で東大生の方々などからたくさんアドバイスを頂き、本当にためになった。勉強自体の調子も悪くなく、失敗しなければ受かるだろうと言われていた。

 しかし、試験は不合格だった。模試では110点を記録した数学も85点に落ち込み、苦手な英語で35点をマーク。約10点の不足だった。3/10のお昼に結果を確認して現実を受け入れられないまま東北の宿の予約、過去問の印刷等を済ませ翌日には仙台につき受験した。一緒に前期試験を受けた友人を会場で発見した。その友人は0.3点で落ちたらしい。なるほどこれが受験だな、と思った。

 

 後期試験受験が終わった数日後、予備校で担任と会話をした。担任は私のことを本当に気にかけてくれて、様々な配慮をしていただいた。予備校で気にかけていただいた講師の方々も、ご飯に連れて行っていただいたり、食材を分けていただいたり本当に色々お世話になった。予備校で一年間お世話になった担任に最後言われた「君ほど力強く受験に取り組み、やり切った人間を僕は知らない。本当に尊敬している。お疲れさま。」と涙ぐんで言われたときの様子を今でも鮮明に覚えている。

 

 浪人した当初、第一志望の大学は受かるまで何浪しても受け続ける予定であった。しかし、この”箱”という住環境での人としての最低限の水準を大きく下回る住環境、膨大な額を稼がねばならないアルバイト、凄まじい重圧の受験勉強を1年経験し、完全に精神が疲弊しきってしまった。「もう無理だ。このまま続けたら自殺してしまう」と心が完全に折れてしまった。

 

 

 

3、合格から入学まで

 後期受験終了後、親から連絡が来た。勘当しておいて今更何を……と思って話を聞くと「受験お疲れさま、授業料とか支援してあげるからいったん実家に戻っておいで」とのこと。この1年間の生活で、お金がないとどうなるか、保証人がいないとどうなるか、支援を前提とされている環境で支援がないとどうなるか。ということを学んだ。それは悲惨な状況で、とても人間のする生活ではなかったし、まだ人間的な振る舞いができる精神状態であるのが運が良いと思ったほどであった。よって、その言葉に深い感謝の念を感じつつ、実家に帰った。

 そこには自分の部屋があり、布団があり、食事があり、服がある生活だった。上の箱の住人からゴミを投げ込まれたり、食べ物を盗られたり、白米だけを食べる生活ではなかった。天国かと思った。こんな生活は1年ぶりだ。そんな環境で後期試験の合格発表の日となった。

 結果は合格だった。純粋にうれしかった。この人として大切なものを色々捨てた1年間は無駄にならなかった。最善ではないが、努力がちゃんと結果に結びついたということに言葉にならない達成感を感じた。ところが、これを親に報告したところ、親は態度を急変させた。「お前の態度を見てから援助するかどうかを決める。それまでは入学書類は書くな」と言い、突然厳しい態度で接するようになった。当時まったく意味が分からなかった。両親はどうして合格を喜んでくれないのだろうと不思議でならなかった。入学書類提出期限まで1日1日と迫っているのに、親はそれに言及する様子はない。そして、ついに入学書類提出期限の日になった。

 親はこのとき新興宗教の教祖から頂いたありがたいお言葉である「頭のいい大学は犯罪者を養成するのでダメ」を信じ、そのために動いていた。私を実家に軟禁することで日雇いのバイトも出来なくなる。お金がないといくら気持ちが強くても大学生活やっていくことは不可能である。例えば3/12から20日ほどアルバイトに専念すれば15万程度は稼ぐことが可能である。この15万があれば大学生活は大いに楽になる。親は軟禁することで、私が財政的な意味で親を頼るしかできない状況に貶めようとしていたことにここで気付いた。そして、入学辞退の後、地方国立レベルの大学に再度通わせるという道しか残さないという考えであった。

 これに憤怒した私は入学書類を出し、すぐに家を飛び出し、東京の”箱”を引き払い、不安と孤独を感じながら体一つで仙台に乗り込んだ。これが3/31であった。

 

4、入学から入寮まで

 私は親からの支援がない状況にある。つまり、他のどの学生よりも財政的に厳しい環境にある。よって、授業料免除、奨学金の支給、入寮が出来るだろうと考え、その手続きをしに仙台に到着したその足で大学の教務課へ向かった。当時の絶望感は忘れることが出来ないと今でも思う。結論から言うとその3つの制度、どれも私には申請する権利すらないと言われ門前払いをされた。

 まず、奨学金の支給。奨学金とはお金の貸し付けである。日本ではお金を借りる際に連帯保証人を立てることが常識となっている。日本奨学金機構も例外ではない。連帯保証人が立てられない私には受給する権利なんてそもそもなかった。(機関保障制度が使えないことは2章に書いてありますので省略)

 次に、授業料免除。これは両親の源泉徴収票が必要となる。私が独立生計で、両親から援助を一切受け取っていなく、自身のアルバイトのみで生活していると証明しても授業料免除は””両親””の年収のみできまる。両親は源泉徴収票を出すつもりはない。よって申請の書類がかけない。実際の生活がどうであるのかは関係がない。

 最後に入寮申請。これも親の年収によって決まる。また、部屋を借りる際には前述の通り、連帯保証人を立てないといけない。どちらも無理である。

 大学HPの記載ではその3つの制度は自分より条件にあう人間はいないだろうと思っていたが、実際にはどれにも申請する権利すらなく、審査されることもなかった。部屋がない。金がない。その改善の見通しもないという最悪な状況で大学生活がスタートした。

 まず部屋を探した。当然連帯保証人が必要な通常の賃貸は入居できるはずがないので、東京で住んでいた「脱法ハウス」がないか調べた。が、どうやら仙台には無いようであった。絶望した。受験時代、人として最低限を大きく下回る生活であったが部屋はあった。寝る場所はあった。だが、仙台ではそうではない。部屋がない。これは尋常ではないストレスであり、もうこのまま死んでしまうのかと思った。だが、仙台にも心の広い友人がいてその友人が手を差し伸べてくれた、少しなら泊められるとのことで。この友人には本当に頭が上がらない。大学生活に大きな不安を感じつつ、入学と同時にアルバイトも始めた。お金を稼がないと学費を払えない。食費もないと必死であった。

 4月末、教務課から「空きのある寮があるので入寮出来ます」と連絡があった。とうやら「4月も終わるのに新入生に部屋を借りられずに住所なしの奴がいる」ということで会議にかかったらしい。ここから寮の暮らしが始まった。この4月の間は尋常ではない不安感と死への恐怖でまともな精神状態ではなかった。同級生にそれを悟られないように必死で取り繕っていた記憶がある。

 

5、入寮後から2セメ終了まで

 入寮した後はアルバイトを増やし、人間的な生活をするようになった。当時の目標として授業料免除があった。仲の良い教授を通してなんとかお願いすれば通るんじゃないかと画策して色んな手を尽くした。2セメの授業料免除を特別に認可してもらえるように手を回してもらったが無理であった。どうやら文科省の方針で授業料免除のルールが決まっており、その例外を作るのは難しいとのことだった。あまり期待はしていなかったが残念であった。

 また、9月に親との扶養を切られたという通知を受けた。これにより国民健康保険に加入することになり、出費が大幅に増えた。授業料56万、家賃20万弱、通信費保険料20万強で、食費や諸雑費を0円と仮定しても年間支出が100万円を超えてしまった。これをカバーするには年間130万ほど稼ぐ必要があり、月収だと11万である。さらに、大学院の入学金のことを考えるとさらに稼ぎ、貯金する必要があり、その生活は困難を極めることが分かった。

 しかし、授業期間中に月12万程度稼いで休暇中にさらに稼げばなんとかなる範囲であったので、それを10月から実践してみた。9月の終わりから10月11月にかけて、週7回以上出勤、44連勤などのアルバイト漬けを経験した。その結果、授業に出られる割合は減少、自炊率も減少し、食費が増加。この生活は続かないと分かった。この解決策として現状一番適切であると考えているのが休学である。国立大学の休学中の学費は無料なので休学することにより多くの時間を確保し、学費を稼ぐことが出来る。無理なアルバイトで勉学や身体、精神を犠牲にするより、多少余裕を持たせて1年間休学して学費を稼ぐのが良いと考えた。現在ではB3かB4に1年間の休学を予定している。

 

 

 

 以上が私が休学を決めるまでの概略である。

 

 

 

おまけ

 

6、この2年間で分かったこと

 この2年間で分かったことがいくつかあるのでここに書き記す。

 

・日本はレールから外れた人間に対して非常に冷たい社会である。

 日本の制度が例外事項に対する思慮が及んでいないと書いた方が良いのかもしれない。

 これを最初に感じたのは不登校になったときである。不登校に対して十分な理解を持ち合わせている人間が少なすぎる。例えば不登校児に対して旧友などが登校するように呼びかけることは一番してはいけないことというのは常識であるが、これは一般に知られていない。鬱は認めるが不登校は甘えと考えている人間もたくさんいる。鬱は多くの人がかかるが、不登校になるのは少数だからである。

 また、受験時代にもこれを強く感じた。需要と供給の関係上仕方がないことではあるが、「本当に0からスタートする人間」に対しての参考書が非常に少ない。よく0からのスタートで大学合格しました!という人間がいるがたいてい中等教育やそれに準ずるものを受けている。私から言わせればすでにそういう基盤のある状態から勉強するのは楽である。書店を巡っても進学校の人間が受験をするための本しかない。私のような中等教育がごっそり抜けていたり、偏差値35の高校でまともな教育を受けられない人間が使える本というのは探すのが非常に大変で、その本自体も非常に少ない。レールから外れると信じられないくらい不利になるのが日本という社会のようである。

 これは、両親の扶養というレールから外れた時も同様であった。まさかお金の問題とは関係なく部屋が見つからない、部屋に住めないという状況になるとは思ってもみなかった。部屋を借りる際の保証人、他にも奨学金、公務員の採用など、保証人を立てないといけない場合というのは非常に多い。これは不利というより不可能な状態になっている。ひどい社会だと何度も感じた。

 

・大学は何とかなる部分とならない部分がある

 大学にはここには書けないものと書いていないもので多大な配慮をしていただいている。それに関しては感謝している。しかし、授業料免除という制度がまさか自分に適用されないとは思ってもみなかった。大学は文科省の「学部生の授業料免除は親の収入で決める」という方針に従うしかないのだ。独立行政法人となって一応は独立して運営されているのだが、結局資金の大半は税金で運用されており、逆らうことが出来ない。この結果には正直失望した。どうしてこんな意味の分からない取り決めがあるのだろう。

 

 

・友人からの援助・支援によって生きている

 浪人時代も学部一年生時代もそうであるが、ツイッターを通して知り合った友人からの支援がなかったら私は生きていない。また、当時の物資の援助もそうだが、現在の私の部屋にある雑貨や電子機器等、善意で恵んでいただけた物がたくさんあり、おかげで私の生活水準は大幅に上昇し、大学生活もそこそこ余裕をもってやっていけている。

 一番重要であったのはその友人たちの励ましが精神的支柱となったことである。この精神的支えが現在の私を作っているのは言うまでもない。感謝してもしきれない。

 

・極限状態で生きるために必要なのは

 私の環境は金銭的に貧しい環境にある。うちの学生の平均支出は学費を除いて月10万円程度。学費を含めると年間170万円ほどになる。私はもちろんそんなにたくさんの出費はできないので色々削れるものを削っている。それでもたまに「私は他の学生と比べて年間100万円以上の負担を背負っているのか」と考えて気分が下向きになってしまうことはある。こういう環境下で一番必要なのは生きるための気力である。生きる気力がなくなれば文字通り死んでしまう。心を折られないように生活することがまず第一で、そのための多少の出費は惜しんではならない。「趣味に回す金があれば学費に当てろ、貯金しろ」という人がたまにいるが、そういう人は何も分かっていない。趣味に回す金、時間があることが一番大切である。極限状態では精神力の勝負であるのでここを削ることはあり得ない。もちろん出来る限り出費を抑えつつ趣味に興じることになるが。

 

 ・本当の自由とは何か

 私は自分の両親のもとにいるのが嫌で、両親の手の中にいるのが嫌で、そこから自由になるために家を飛び出した。名実ともに自由を手にしたわけであるが、現状の私を見ればわかるが、社会のレールから外れ、扶養から外れ、この環境では一般家庭なら簡単にできることどころか賃貸を借りることすらままならない状況になった。本当の自由とは何なのかが分からない。

 

一部、地元からの特定を避けるために曖昧にした個所や、本旨に支障をきたさない程度に書き換えた部分がある。また、書き切れていない出来事がいくつもあるが、ここでは省略させていただいた。

 

 

 

追記:奨学金、授業料免除、入寮等の審査は大学の方針に依存しているので、それをその基準は大学ごとにまちまちになり、同条件でも認める大学と認めない大学が存在するということ。また、私は教務課に通い詰め、相談室や教授等に何度も相談し、様々な方法を試行錯誤してもなお貸付奨学金と授業料の免除がダメであったということをご理解ください。

 

追記2:ここまでたくさんの反響があるとは思っていなかったので正直とても驚いています。また、カンパの募集はないのかという多くの声にインターネットの温かさを感じております。このような温かい応援の声が生きる糧、精神力の源になります。本当にありがとうございます。ですが、大きくカンパの募集をする予定は今のところありません。というのも、私は極限状態は脱しましたが、依然非常に厳しい学生生活を送っており、支援を頂けたとしても、それに対して十分なお返しをすることが出来ません。また、最大限その方向に努力しますが、その支援を十分な形で使えるかという自信もその責を全うできる確信もありません。私の環境は不安定であり、いつ崩れ落ちても不思議ではないからです。このような状況であることを踏まえてもなお支援していただけるということであれば https://twitter.com/T_ritama までDMでご連絡いただくか、ツイッタープロフィール上のウィッシュリストをご覧ください(ウィッシュリストを使うのが初めてで使い方がよく分からないため機能していない可能性があります、機能していなかったらお手数ですがご一報くださると助かります)

 

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追記3:大学院進学が決まりました.詳細は以下の記事にありますのでご覧ください.

 

t-ritama.hatenablog.com